名古屋市発足時からある中区を、詳しく丁寧に解説するサイト『名古屋の中心・中区』

●●●大須●●●

【繁華街】

大須は古くからの繁華街で戦前は大道芸や物真似、曲芸などが連日行われており、縁日には
12万人以上もの人出があったそうです。
また大正時代までは遊郭街がここにあり、名古屋一の盛り場でした。
しかし1892年の大須の大火、遊郭の移転、戦災により寂れてしまい、昭和50年代には
人通りも現在の半分以下まで落ち込んでしまいます。
しかし今では、名古屋市で唯一観光にも対応できる繁華街として脚光を浴びています。

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【大須観音】

大須観音はもともとは尾張国長岡庄大須郷(現在の岐阜県羽島市大須)にあったのですが、
水害が多かったために1612年、家康の命によりこの地に移されました。
ここでは毎月18日と28日に境内で縁日、骨董市などが開かれ大変賑わいます。
午後6時からは先着200名に長命甘酒、18日は加えて身代わり餅がふるまわれます。

【大正琴】

この大須観音の境内には「大正琴発祥の碑」があります。
1912年、森田吾郎という人物が小型で手軽な二弦琴を開発し、この琴を元に改良された
ものが大正琴の原型とされています。
大正琴は演奏のしやすさから年配者を中心に人気があります。

【宗春爛漫】

観音様の境内には宗春爛漫というからくり人形があります。
尾張七藩主の徳川宗春は将軍吉宗の倹約令を無視し、芸能を奨励していました。
芸人や商人を集め、芝居小屋や飲食店を建ち並べて名古屋の街を発展させたのでした。
将軍からお咎めを受けますが、徳川宗春は自分の政治理念のもとに庶民の側に立った政治を
続け大須の発展に貢献しました。
このからくり人形は1日4回上演されるのですが、山車カラクリは2種類あり、宗春の問い
掛けに見物客が答えると、そのリクエストに応じるという型式になっています。